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ランドスケープ研究83(1) ポスト成長社会におけるランドスケープの方向 -「Degrowth」の可能性-

日本造園学会誌「ランドスケープ研究」83巻1号を発刊しました。

特集:
ポスト成長社会におけるランドスケープの方向 -「Degrowth」の可能性-

「壊滅的な洪水の後に,川の流れが通常の状態に戻る」

本特集のキーワードである「Degrowth」の語源,「Décroissance」(フランス語)には冒頭のような意味合いがあるとされる。その意味を踏まえ,「Degrowth」は,経済成長の肥大化が環境と社会に壊滅的な被害をもたしてきた現実を”洪水”に,ポスト成長社会の理想像を”穏やかな川の流れ”に例え,理念を暗示しているようだ。 「Degrowth」とは,成長イデオロギーが環境危機・社会問題の根源であると批判し,その克服に向けた社会変革として生産・消費の規模縮小とローカル化を提唱する考え方である。経済成長を前提としない,「身の丈にあった経済」と人々の「自立共生」により豊かなローカルの再興が志向されている。 2000 年以降,学術研究や草の根の社会運動,文化活動を統合する学際的な動きに発展し世界に広がりつつある。

”川”をモチーフとした表現はポスト成長社会の課題も示してくれる。自然災害としての洪水の場合と同様に,経済成長の肥大化により甚大な被害を受けた土地を,どのように回復し持続可能な地域へと転換していくかが重要な課題となる。これまでもポスト成長社会におけるランドスケープの方向は成熟社会や人口減少社会といった文脈のもと,本学会で様々な形で議論されてきた。そうした中,本特集では,人口減少・経済停滞の常態化や 突発的な自然災害などの困難に直面する,地方都市や中山間地域を主な対象に,豊かなランドスケープの将来像とその道筋を展望する。下流域の都市の繁栄の裏側で,それを支える食料や水,エネルギー,木材,労働力などを供給し,豊かな自然とのかかわりが失われてきた地域がある。そうした地域から,経済成長の肥大化という”洪水”からの回復とオルタナティブな地域の構想・実現を探究したい。 ポスト成長社会のオルタナティブとして様々な選択肢が提唱される中,本特集では,近年,国際的に 注目されている「Degrowth 脱成長」,「Sustainable Development 持続可能な開発」,「Ecological Democracy エコロジカル・デモクラシー」,の3つを取り上げる。特に,「Degrowth」に焦点をあて,他の2つの概念と対比し,思想の特徴や系譜,ランドスケープ分野での実現・展開の可能性を論じる。 「Degrowth」は,グローバルな経済成長に対するアンチテーゼとして発展した理論であるものの,成長パラダイムからの転換とオルタナティブな地域の構想・実現の探究にとって有益な示唆が内包され ている。ただし,ランドスケープや地域デザインの実践論としての受容・展開には大きな隔たりが存在 しているのも事実である。生活・生業やランドスケープの具体的な実像,実現への手段や道筋が曖昧である。

本特集を構成する全16編の総説・論説・事例では,多様な専門分野の観点から理論から実践論への架橋となる重要な視座を提示していただいている。 本特集が「ランドスケープを基調としたオルタナティブな地域の構想・実現」のチャレンジに向けた第一歩となることを願っている。

(編集担当: 渡部陽介,ルプレヒト クリストフ,秋田典子,篠沢健太)

 


目次

特集「ポスト成長社会におけるランドスケープの方向 -「Degrowth」の可能性-」にあたって 渡部陽介・ルプレヒト クリストフ・秋田典子・篠沢健太

イントロダクション

脱成長学会報告 -スウェーデンとメキシコの大会に参加して- 田村典江・ルプレヒト クリストフ

1.総説

Degrowth(脱成長)とランドスケープ ルプレヒト クリストフ

脱成長概念から捉えなおす持続可能な開発 齊藤 修

エコロジカル・デモクラシーとSDGsとDegrowthの風景 -まちが人の心に触れるようにデザインする- 土肥真人

2.論説

インタビュー:洪水の受容と川の恵みの再分配 -近代的収奪からの回復- 大熊 孝

自然と人間の互酬的かかわりとは何か -遊び仕事からの模索- 福永真弓

低成長時代に都市近郊の里山で仕事をつくる 松村正治

自然を再生する小規模適正技術の必要性 三橋弘宗

公と私を超えて -自治と連帯の新たなコモンズ- 田村典江

足るを知るランドスケープポリティクス ロビン M ルブラン*
( English version: “The Landscape Politics of Enough” Robin M. LeBlanc )

21世紀における人口減少ボーナスの探求 -日本,スペイン,ニュージーランドの事例- ピーター マタンレ・ルイス-アントニオ サエス-ペレス*
( English version: “Searching for a Depopulation Dividend in the 21st Century: Perspectives from Japan, Spain and New Zealand” Peter MATANLE and Luis-Antonio SÁEZ-PÉREZ )

3.事例

日本における食と農の運動と「脱成長」 谷口吉光

オリーブコミューンから学ぶこと -インフォーマルな脱成長の舞台を通じた新しいデザインの考え方- 三島由樹

脱成長社会の実現に必要な社会技術 -芸北せどやま再生事業- 白川勝信・曽根田利江・河野弥生

再生可能エネルギーを活かした持続可能な温泉地の形成 渡辺貴史

地域自律管理型の次世代水インフラマネジメント 牛島 健

 

*本誌に掲載されているものは翻訳・要約版です。著者の同意を得て、こちらにオリジナルの英語版を公開しています。


 

なお、本号では連載記事の「これからのランドスケープの仕事」「海外の造園動向」「生きもの技術ノート」も掲載されています。