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グローバル通信No. 08 南オーストラリア州の外来生物管理

中尾 史郎(京都府立大学大学院)

【キーワード】:オーストラリア連邦,外来生物,固有生物,啓発活動,フリンダースチェイス国立公園

オーストラリア連邦は国土の大半が砂漠および半砂漠であり,厳しい環境条件下で天然資源をいかに管理するのかは国土保全政策に直結している。海洋と陸域での生産活動の対象となる生物(穀物,野菜,果樹,緑化・修景植物,家禽や魚介類など)を資源として管理するばかりでなく,その風土の独自性を象徴する生物も観光資源や文化資産として精神的,経済的に意義が高く無視できない。例えば,カンガルー,ワラビー,コアラ,カモノハシ,ハリモグラ,ポッサム,シーライオン,リトルペンギン,エミューなどはオ−ストラリアを代表する生物としてなじみが深い。さらにまた,ウシ,ヒツジ,イヌ,ウサギ,キツネやラクダといった人為的に導入された脊椎動物,ならびにそれらの排泄物の処理のためにアフリカ大陸から導入されたセンチコガネ類のような外来昆虫類との関係も長くて深い。ディンゴやラクダの侵入防止のために国土に延々と続くドッグフェンスやキャメルフェンスは有名であるし,ミバエ類やブドウネアブラムシの人為移入を防止するために州境の道路には果実の回収箱とともに検疫所も配置されている。

2006年から2007年にかけての約1年間,南オーストラリア州立フリンダース大学の客員研究員としてオーストラリア大陸の生物進化,自然資源管理,文化遺産保護について見聞する機会に恵まれた。私が住んでいたアデレード市の高台の普通の住宅地においても,街路には「駐車禁止」の標識と同様に「外来植物(園芸植物)移植禁止区間」の道路標識が設置され,侵入植物管理の意識が徹底喚起されていた。州や市民団体はそうした啓蒙普及活動に甚大な努力をしており,特に外来植物(国内移入を含む)についての無数のリーフレットやパンフレットが印刷,配布されていた(写真1)。

日本で「外来生物管理」といえば,植物界や動物界に類別される大型生物が取りざたされる印象がある。しかし,南オーストラリア州で取り組まれている外来生物管理はそうした大型生物にとどまらない。Kangaroo Island は南オーストラリア州の観光地で,エコツーリズムが活発な島である。そこには,オーストラリアの自然景観を構成するEucalyptus spp., Acacia spp., Xanthorrhoea spp. などとともに,島の固有植物も生育する。実は,それらの植生は外来生物の侵略のため危機に瀕している。要因はPhytophthora cinnamomiの顕在化である。P. cinnamomi は卵菌門のフハイカビ目の1属,エキビョウキン属の1種で,1800年代はじめにヨーロッパ人がもたらした栽培植物の根圏土壌とともにオーストラリア大陸に移入された。このエキビョウキンは年降水量が500mm以上の中性〜酸性の土壌に存在し,土壌や水を介して伝搬され,感染する多くの植物を枯死に至らしめる。本属の1種,P. inffestans (ジャガイモエキビョウキン)は,18世紀のアイルランドにジャガイモの大凶作をもたらし,清教徒のアメリカへの大量移民のきっかけとなったことで歴史的にも国際的にも有名であり,その脅威は想像に難くないであろう。P. cinnamomiの被害が顕在化したのは州都アデレードを含むMount Lofty Rangesで1972年,Kangaroo Island で1993年のことであるが,連邦による1999年の環境保護および生物多様性保全事業の結果,固有の植生や動物に危機をもたらす主要因として注目を集めた。

その拡散防止のため,Kangaroo Islandのフリンダースチェイス国立公園では靴をブラッシングするための設備(写真2写真3)とともに,その説明サイン(写真4)が園路に設置されている。さらに,州は市民や事業所に対して,自動車の洗浄方法,園芸植物購入物の出荷ルート確認,殺菌剤の購入利用,園芸利用用水の供給源確認,園芸用土壌や植物の輸送範囲の確認等に関する幅広い指導を行なっている。