賀来 宏和氏: 2023年度日本造園学会賞(著作部門)
賀来宏和氏
一茶繚乱 俳人一茶と江戸の園芸文化
本著作は,江戸後期に観賞の対象とされた20種類あまりの「伝統園芸植物」について,観賞対象となった歴史的経過と江戸後期の栽培や観賞の実態を文献等から明らかにした上で,身近な日常の出来事や自然の風景を題材にしてきた小林一茶の発句を取り上げ,江戸後期の市井の人々がどのように暮らしに園芸植物を取り入れていたかを記している。
近世の園芸に関する研究が絵図や浮世絵などの視覚的な情報や文献史料を活用したものが多い中で,発句という表現を通じて庶民の園芸植物との関わり方を論じる本著作は,新たな視座を与えるものである。本著作は,園芸史,鑑賞史といった背景の中で一茶の句を取り上げることで,江戸の園芸文化には,江戸という時代の中だけでなく,古代からの花鳥風月を表現する文化の流れの中で生み出されたものという一面があることを示している。また,江戸の園芸文化は,江戸という空間のみならず,近郊の農村や関西など各地との関りの中で生み出されたものとしての理解されることが示されている。一茶と江戸を切り口にし,江戸期の園芸の最大の特色である庶民性を描きながら,日本の園芸文化の全体像を視野に入れたものとなっている。引用や客観的裏付けのされ方にさらに期待したい部分はあるものの,多様な資料と著者のこれまでの業務等で蓄積されてきた知見も踏まえ,江戸期の園芸文化を総合的にとらえた著作となっている点は,造園学の進歩,発展に顕著な貢献をするものと評価することができる。
以上より,学会賞(著作部門)を授与するに相応しいと判断された。
本書は,彫刻家でありランドスケープデザイナーでもあったイサム・ノグチの50 年以上にわたる活動を「空間性」という概念を用いて読み解いた研究成果である。筆者は,イサム・ノグチが活動開始してから亡くなるまでのアメリカ社会を4つの時代に区分して,それぞれの時代におけるイサム・ノグチの創作態度を空間性から読み解いている。各地に現存するイサム・ノグチの作品を丁寧に現地観察した結果に基づいた論考には強い臨場感と説得力がある。近代以降の日本のランドスケープデザインがアメリカの強い影響のもとにあったことは言うまでもないが,本書はアメリカと日本の両方に文化的なルーツをもちながら,都市や国土の環境にあらわれる問題に対して「空間への意思」で応え,提案と制作を続けてきたアーティストの仕事を通した「もうひとつのランドスケープデザイン現代史」として読むことができ,現在主流になりつつあるエコロジー的な価値とはまた異なる観点での造園学の「空間性」の議論を喚起する本である。巻末に掲載された「イサム・ノグチ関連年表」も,作家の生涯と制作作品,参画プロジェクトを社会背景とともに追える貴重な資料であり,著書全体のストーリーの理解をうまく補完できている。内容は高度ながら文章は平易で,造園学に関係ある人々に広く読まれるべき本である。以上より,日本造園学会賞(著作部門)を授与するに相応しいと判断された。