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グローバル通信No. 16 自然と歴史を輝かせるランドスケープデザイン

東京農業大学造園科学科 阿部 伸太

はじめに

昨年 8 月までの 1 年間、東京農業大学の依命留学によりパリの北・約 60km にあるボーヴェ(Beauvais)に滞在した。この間の見聞のうちパリの公園緑地や農村景観に関しては、学会誌『ランドスケープ研究』(Vol.74 No.2)にも報告させていただいた。今回は、昨年6 月に巡った南仏で出会った、地域資源を引き立たせるランドスケープデザインの紹介をさせていただくこととする。

エギュイ・ミディからのモンブラン(右の最高峰)

1.夏の真冬:シャモニ(ローヌ・アルプ地方)

この2週間の旅でまず最初にローヌ・アルプ、いわゆるアルプス地方に向かった。フランスの国土は、ほぼ六角形( )をイメージするとわかりやすい。パリは、両肩の角を結んだ線のほぼ中央の中心軸線上に位置することになる。南西にスペイン、北にベルギー、北東にドイツ、そしてスイスとイタリアは東部で接する。地形は国土の北側3分の2は標高の低いなだらかな丘陵地があるものの基本的には平地が広がるが、南側3分の1は中央山塊であり、スペイン国境がピレネー山脈、スイス・イタリア国境がアルプスとなる。標高 4810m のモンブラン(モン:mont/山、ブラン:blanc/白)は、その名の通り、夏でも雪に覆われていた。まさに手が届きそうな距離に見えるエギュイ・ミディの展望台は、空気の薄さの洗礼、めまいがして息も絶え絶えになるのはまさしく 2800m の標高を物語っている。アルプスへの入り口となるシャモニの街からは、ロープウェイを2本乗り継いで30分ほど。この展望台のあるエギュイ・ミディへは、本格的な登山の装備、経験、体力がなくても訪れることができ、雲海のうえに山々がそびえ立つ、この壮大なシーンに出会えるのは“感動”という言葉では語りつくせない嬉しさである。

シャモニは、第一回冬季オリンピックが開催された街。標高 1000m の人口 1万人ほどの小さな、しかも山奥の街であるが落ち着いた賑わいと美しさのある街である。エギュイ・ミディと反対の谷へ入っていく登山鉄道を 20 分行くとそこはメール・ド・グラス。天候により見えないことはあるものの、手軽に氷河を望めるとあってカメラ1台ぶら下げてた短パン姿の年配男性も登山電車に乗り込んでいるほど。その一方でここはやはりアルプス。それなりの装備をした小学生の集団、ガイドを伴いヘルメットやザイルの重装備の 4~5 人の大学生くらいのメンバー、さらには迷彩服に模擬銃をもった 20 名ほどの軍隊チームなど様々な登山スタイルを受け入れているのは、成熟した山岳リゾートの奥深さといってもよいであろう。しかも、登山やスキーなどのスポーツ派だけでなく、このメール・ド・グラスを望む高台には近くのリゾートホテルが経営するカフェテラスもあるように、冷たい空気と柔らかな温かい日差しの不思議な感覚を愉しみながらカフェやビールで過ごすのんびり派もあり。こうしたプログラムの多様性が、一年を通じて様々な世代の人の訪れにつながっていると言える。

シャモニの街 エギュイ・ミディから

メール・ド・グラス 山頂の駅とホテル

2.ローマ帝国への扉:ポン・デゥ・ガール(プロヴァンス地方)

ヴェルサイユ宮殿敷地内に立地する歴史的建造物である旧財務総監邸が、今年末までに高級ホテルとして生まれ変わることが決まった。パリをはじめとする都市にある古くからの建築にとどまらず、ルーブル美術館、オルセー美術館など歴史的建造物を保全しながらも、こうした建造物そのもの、またはその敷地や周辺に新たな付加価値を組み込んでいく手法はフランスではよく行われる。プロヴァンス地方には、ローマ帝国時代の遺跡や岩山の上の城塞都市が今でも数多く存在している。アルル、ニームとともに約20kmのトライアングル状のロケーションにあるポン・デゥ・ガールは世界遺産にも登録されている水道橋であり、フランスを代表する観光資源のひとつである。

2003年、ここへのエントランスとなるエリアに、ミュージアムやレストランが入る約7000 ㎡の施設と広大な駐車場が整備された。周辺の樹木よりも低く抑えられた建築は、広場状の園路の両側に簡潔な形態のデザインとして控え、決して主張はしていないものの来訪者を包み込んでいる。しかも、南国の青い空と樹木の美しい緑に対照的な白い色彩は、建築そのものが主張するというよりは、周辺環境との対比の中からその存在を浮き出させ、そして、プロヴァンスの明るい太陽をより一層象徴的に演出している。中央コンコースの上部は、両側の建築をつなぐようなパイプ状のアーケードとなったデザインで、水道橋をモチーフにしたかのように、世界遺産へのゲートといった場所の意味を際立たせる一方で、強い日射をさえぎる機能を持たせつつ、こうした人工物が路面に映し出す光と影のコントラストを印象付けている。

世界遺産ポン・デュ・ガール エントランス施設Site Pont du Gard

3.“紺碧”のかたわらで…:カルノレス(コート・ダジュール地方)

旅の終わりはコート・ダジュール。ニース、モナコなどを巡り、イタリア国境の街・カルノレスの海辺のホテルにたどり着いた。岬の反対側からはモナコを遠望する位置ながら、落ち着きのあるこじんまりとした街である。ここへ来たのはその岬のたもとにあるル・コルビジェの晩年の作品・「休暇小屋」を見るため。パリやマルセイユで見てきた彼の作品もそうであった様に、建築の周辺に存在する空気、光と影、風、音、香り、樹々の緑、美しい景観を体感するための装置としての形態であることをあらためて実感させられた。建築家、都市計画家という肩書にとどまらない造園家としての感性をもっていたことを物語っている。

コート(cote:脇)、アジュール(azur:紺碧)といわれる蒼い空と海に面した地中海沿岸の街、オープンスペース、建築には、“そこならではの地域資源”を存分に享受できる“つくり”があり、そしてそこを使う“時間”が存在していた。暮れゆくグラデーションのシーンの中、さざ波のBGMを聞きながら飲むテラスのビール、ふりそそぐ明るい太陽と青い海を眺めながらの朝食のカフェとパン。そもそも庭づくりから始まった造園学。その庭園史を紐解けば、庭園の原点は洋の東西を問わず人の暮らしとの関係を切り捨てることはできない。フランスのランドスケープには、“地域資源を愉しむデザイン”を感じることができる。

(※写真は全て著者撮影)

カルノレスの夕暮のテラスと朝のロビー